飽き性の頭の中

平日に毎朝一喜一憂することが時間の無駄でどうにかしたいと思ったので

平日に毎朝一喜一憂することが時間の無駄でどうにかしたいと思ったので

tawachan
tawachan

こんにちは、たわです。2020 年 3 月 16 日の朝です。新型コロナウィルスの世界的な流行により経済情勢がどうなっていくのか雲行きが怪しい毎日です。

アメリカの FRB も金利を緊急で 1%引き下げたということでいよいよ大事になりそうという雰囲気がありつつも、世界的に大きな会社が倒産して世界経済が逆回転…なんてことはないほうが普通にいいよなぁ…と思ったりもします。

そんな世界の行く末を憂いたりする瞬間もないことはないですが、一個人としては自分がささやかに資金を投じている金融資産がどうなるのかがどうしても気になるわけです。株式だったり投資信託だったり仮想通貨だったり。

一発あてて大金を稼ぎたいという気はなく、銀行に預けてつく金利以上に増えてくれたら嬉しいなというくらいで気楽に置いているのですが、こうも市場が荒れてくるとさすがに気になるわけです。

市場の前場が開くのが朝 9 時なので、どうもその少し前はそわそわするというか板の動向を眺めてしまったりするのです。気になるので見ないで他のことをするのもどうも落ち着かず結局見てしまう。価格が上がった/下がったからといって、売ったり買ったりする気は基本的にはないので意味はほとんどないのですが、それでも見てしまう。

assets/20200316093509.jpg

そうすると知らぬ間に 30 分とか時間を使ってしまうんですよね。しかも精神的にも結構気を取られているので、時間と気力を吸い取られていて、これって結構無駄だよなと常日頃思っています…。

やっぱり損すると精神的に来るものがあるし、何もしないで気にしていた銘柄や何かの価格が上がったりすると「得できなかった」と悔やんだりすることも。実際的に損がなくても機会損失も気に病み始めるといよいよ何が起きてもなんかしらの悔やみを抱えることになるのです…。

行動経済学で語られるものにプロスペクト理論というものがあるのですが、心理学的に人間は得よりも損に強く反応すると。そうすると客観的な期待値計算の結果とは異なる行動を取る性質があるというような感じの内容です。そうした話を知っているからこそ、物によっては心理的な気病みがあったとしても非合理な反応だと心を収めたりもします。

でもそもそも気に病み、それをなんとか落ち着ける、この行為自体が無駄なのです。気に病んだら負け。気にしたら負け。株式売買という側面で考えれば別にいいのかもしれませんが、その分仕事して稼げたであろう時間、自己研鑽して何かを培えたであろう時間、それを投じて気に病みそれを解消するのです。この感情と理性の戦いを諌めても何も生まないのです。

そう考えた挙げ句、こうしてブログに文字として書き出していけば落ち着くかなと思ったわけです。今書いてみて、意外と気にならなくなりました。こうした気持ちの発散的な場所としても日記的に書いていくことにします。気が向いたらまた覗きに来てください。

カテゴリー

タグ